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B党首が1995年5月にL大学で行った「メス講演」の次の一節に端的に表明されている。
「ある国から別の国に制度をそのまま持ってくることが、常に可能で望ましい訳ではない。
制度そのものが、ある程度、異なる文化や伝統を反映しているからである」第二点目は、興味の対象の広さである。
日本の場合、とかく欧米、それも米、英、独、仏の大国に興味の対象が限定されてしまうが、英国は、米、日、独、仏はもちろんのこと、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール、オランダ、香港などなど、その対象が非常に広い。
第三点目は、戦略性である。
例えば、英国大蔵省には、各国経済・政策課という、世界各国の経済、政治、社会について幅広く調査している課がある。
課員は主としてエコノミストで、それぞれの担当の国あるいは地域について、極めて高い専門的知識を蓄えている。
その目的は対外戦略的なものであって、担当する各国から英国にとって参考になることを学ぶという点にあるのではない。
例えば、G7やサミットにあたって、英国として世界経済の状況についてどのように分析し対応するかを決定するために、日本やアメリカの政治・経済状況について調査する、あるいは、英国の今後10年間の貿易戦略を考えるために、中国やロシアの政治・経済状況について分析する、あるいはまた、アフリカの飢餓、貧困問題に対する援助政策の参考とするため、アフリカ地域の環境や人口推計について資料を集める、といった具合なのである。
日本に関して言えば、例えば、ここ数年の金融危機や金融ビッグバンについて、どのようにシティーに影響を及ぼすかという視点から研究を行ってきたであろう。
それは明らかに日本が外国を眺める場合の「学ぶ」という視線とは、一線を画するものである。
「アメリカでは、○○はどうなっているのか」「英国では、○○を規制する権限は○○省にあると聞いているが、日本では何で××省なのか。
英国と同様に○○省とすべきではないか」「○○についてG7各国を比較した表や資料はあるか」といった質問や会話が、日本では至るところで聞かれる。
例えば、数年前、大蔵省改革について財政と金融の分離の問題を議論する過程で、マスコミが、こぞって、「G7各国における金融規制の体系」であるとか「世界三大金融市場における監督権限の所管の分布」といった表を掲載あるいは放送していたことが思い出される。
こうした議論の背景にある考え方は、「英国が○○しているのだから、日本もそうすべきだ」「アメリカと同じにする必要がある」といったものに近いものがあり、日本独特の、外国(特に欧米)から無批判に学ぶという姿勢になっているのではと思うのは、私の勘ぐり過ぎであろうか。
こうした姿勢については、役所も決して例外ではない。
日本の役所で作られる膨大な量の資料の中で、G7各国や日・米・英・独・仏を対比させた表や説明文がいかに多いことか。
もちろん、外国から学ぶことを止めるべきであるとか、無駄であるとか言っているわけではない。
また、恥ずべきことであるとも思わない。
海図があるのであれば、海図を頼りに航海した方が安全で効率的なのは間違いない。
外国から学ぶ柔軟性こそが日本の強みでもある。
「学ぶ」ということについては、幾つかの点で十分な注意が必要である。
「学ぶ」ということは、外国をテキストにするということであるが、そのテキストは本来、日本向けに作られたものではないということである。
したがって、テキストの行間に潜む歴史的背景や制度的背景あるいは文化的土壌などを無視して、表面的事象や現象だけを捉え、いい部帥分だけをパッチワーク的に切り取って、継ぎ接ぎだらけのシステムを作ってみても意味がない。
たところが、日本の場合、様々な立場にある人達が、自分達それぞれの立場、意見を補強するために海外の都合のいい部分だけをつまみ食いする傾向がある。
そのために、外国から学んだ結訓果が歪んだものになる場合が非常に多い。
例えば、数年前の金融機関の破綻処理を巡る一部の論調などはその良い例であろう。
当時、「米国ではペイオフが一般的」ということが一部で主張されていたが、事実のある部分だけをつまみ食いしたものに過ぎない。
確かに米国ではペィォフも数多く行われているが、その数が多いのは、米国の銀行の数が、日本とは比べ物にならないぐらい多く(9000にも及ぶと言われる)、その中には、日本では考えられないような小規模な銀行が、多数存在しているからである。
米連邦預金保険公社(FDIC)の年次報告によれば、金融破綻の一つのピークであった1980年代から1990年代前半のうち、1988年から1993年では、破綻処理887件のうち、ペイオフが実施されたのは僅かに43件、全体の五%に過ぎず、ペイオフがなされた金融機関の平均預金規模は、6700万ドル(約70億円)と極めて小規模な金融機関に限られている。
米国では、銀行破綻の大半(80%以上)をペイオフではなくP&Aと呼ばれる制度を通じて処理し、結果として、預金限度額を超える預金についてもその殆ど全てを保護してきたのである。
更に当時盛んに言われていた「ペイオフは、一定規模以上の預金を保護しない制度であり、ペイオフの導入は、預金者に自己責任原則に則った厳しい金融機関の選別を要求することにより、市場規律を高めて、経営の不健全な金融機関を淘汰させるものである」という議論も、米国のペイオフ制度の一部分をつまみ食い、あるいは都合よく解釈したものであった。
預金保障制度を前提としたペイオフとは、本来、市場規律とは対極に位置するものである。
小口の一般預金者にとっては金融機関の健全性を判断することが極めて困難で、結果として、預金の取り付けが連鎖的に起こることを防ぐために、小口預金者の平均的預金額をカバーできると考えられる一定限度額(米国の場合10万ドル、日本の場合1000万円)まで、確かに、全ての預金を保護するよりも、1000万円までしか保護しない方が、預金保険でカバーされない大口預金者や債権者が健全な金融機関を合理的に選択しようとすると考えられるから、市場規律がより強く働くのは間違いではない。
それは、あくまでも金融システム全体に対する揺るぎない信頼が確保されているときの話であって、当時のように少しでも金融システムに対する不安が存在すれば、大口預金者や債権者とて、合理的行動をとるとは限らない。
むしろ、自分達の預金の一部が預金保険でカバーされていない分、不合理に行動することすらあり得る。
当時、ペイオフの導入を巡って、「預金は一銀行当たり1000万円まで保護されますから、金融機関の破綻の際に、預金を保護することとしたのが、ペイオフの本来の趣旨である。
つまり、ペイオフ制度は、可能な限り預金者を保護することにより、金融システムの崩壊を防ごうとするものであって、本来、市場規律とは無縁のはずである。
実際、EUでは保護される預金限度額の最低限は定めているが、最高限度は定めておらず、理論的には全ての預金を保護することも可能とされている。
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